福岡地方裁判所飯塚支部 昭和40年(わ)230号 判決 1966年2月17日
被告人 黒木昭太郎
主文
被告人は無罪。
理由
本件公訴事実は、「被告人は、昭和四〇年九月四日、飯塚市内にて交通事故にあい見舞金として五、〇〇〇円を受取つたことに味をしめ、更に金員を喝取せんと企て、同年九月一六日午後七時頃、嘉穂郡稲築町鴨生西町七組宮本満喜子方に至り、同女に対し「車の持主が事故車で縁起が悪いので車を買いかえるというので車の持主に一万円やつている。」などと虚構の事実を申し向けて同女を困惑させた上、更に翌九月一七日午後一時頃、同女宅に電話して同女に対し「俺の足をもとどおりにしてもどせ。」などとおどし文句を並べて暗に金銭を強要し、その旨同女を畏怖させ、金銭を喝取せんとしたが、同女が之に応じなかつた為、その目的を遂げなかつた」というのである。
そこで証人宮本満喜子の当公判廷における供述、宮本良吉の司法巡査に対する供述調書、被告人の司法巡査および検察官に対する供述調書並びに当公判廷における供述を綜合すると、被告人は昭和四〇年九月四日飯塚市内で宮本良吉(当一九年)運転の第一種原動機付自転車のため右下腿部に三針程縫合を要する損傷を受け、宮本良吉から右診療費九〇〇円の支払を受けて右事故を警察に届出ないことを承諾し、同人の父からも見舞金として現金五、〇〇〇円を受取つたこと、被告人は当時せんべい焼の職人として日当一、〇〇〇円乃至一、五〇〇円の稼ぎをしていたところ、右受傷のため約一二日間の休業を余儀なくされ、また右受傷の際自分が運転していた第二種原動機付自転車の持主である甲斐達雄から車を買い換えるのに一万円出してもらえまいか、先方に話をしたらどうかとの相談を受けたため、同月一六日前記公訴事実記載のとおり宮本良吉の母宮本満喜子方を訪ね、車の持主に一万円払つたとうそをいい、受傷のため仕事を休んで生活に困つているので何とかしてくれといつて損害の賠償を求めたが、同女が諾否を明らかにしなかつたので、主人が帰られた頃電話するといつて帰つたこと、翌一七日被告人は宮本方に電話した際、宮本満喜子から「一万円は出されない。子供が一方的に悪いようでもないから警察の人に立合つてもらつてよく調べてもらいましよう。」といわれたことに立腹して「今更実地検証するとは何事か。それなら俺の足を縫わない前の元の足にもどしてもらいましよう。」といつて電話を切つたこと、そこで同女は巡査派出所に赴きどうしたらよいか相談したところ、捜査が開始され、本件起訴に至つたことを認めることができる。
ところで宮本満喜子は被告人から前記電話を受けおそろしかつた旨供述しているのであるが、被告人の「元の足にもどしてもらいましよう。」という言辞は担当ではないけれども、いわゆる害悪の告知と解することはできず、被告人の前記交通事故による損害の程度、損害賠償の交渉の経緯等を考え合せると、被告人の所為は未だもつて刑法所定の恐喝未遂罪を構成するに至らないものと認めるのが相当である。
従つて本件は犯罪の証明がないものとして、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をすることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 杉島広利)